コスガビル (江東区佐賀)

東京メトロの東西線・門前仲町駅を出て永代橋方面に歩くと、途中で「澁澤シティプレイス永代」があります。そこは渋澤倉庫発祥の地ということで碑があります。

澁澤倉庫発祥の地
 「わが国の商工業を正しく育成するためには, 銀行・運送・ 保険などと共に倉庫業の完全な発達が不可欠だ」
 日本資本主義の生みの親である, 渋澤榮一は, 右の信念のもと, 明治三十年三月, 私邸に澁澤倉庫を創業した。この地は, 澁澤倉庫発祥の地である。
 渋澤榮一の生家は, 現在の埼玉県深谷市にあり, 農業・養蚕の他に藍玉(染料)の製造, 販売も家業としていた。この藍玉の商いをするときに使用した記章が○(ブログ編集者注:○はちぎりのマークが入ります) (ちぎり・りうご)であった。
 明治四十二年七月、澁澤倉庫部は澁澤倉庫株式会社として組織を改めたが、この○の記章は、現在も澁澤倉庫株式会社の社章として受け継がれている。
 澁澤シティプレイス永代建築を記念し本碑を建立する。
 平成十六年四月吉日 澁澤倉庫株式会社


2772-1.jpg 2772-2.jpg

で、その横の橋のたもとに、渋沢栄一宅跡の史跡があります。

江東区登録史跡 渋沢栄一宅跡  永代二・三七
渋沢栄一は、 明治から大正にかけての実業界の指導者です。天保一一年(一八四〇)武蔵国棒沢郡血洗島村(深谷市)に生まれました。 二五歳で一橋家に仕え、のち幕臣となリ渡欧しました。帰国後、明治政府のもと
て大蔵省に出仕しましたが、明治六年(一八七三)に実業界に転じ、以後、 金融・産業・運輸などの分野で近代企業の確立にカをそそぎました。 晩年は社会公共事業に貢献し、昭和六年二九三一)九二歳で没しました。
 栄一は、明治九年(一八七六)に深川福住町(永代二)の屋敷を購入し、修繕して本邸としました。同二一年(一八八八)には、兜町(中央区)に本邸を移したため、深川邸は別邸として利用されました。
 栄一と本区との関係は深く、明治二二年(一八八九)から同三七年(一九〇四)まで深川区会議員および区会議長を勤め、 深川区の発展のために尽力しました。また、早くから倉庫業の重要性に着目し、明治三〇年(一八九七)、当地に渋沢倉庫部を創業しました。大正五年(一九一六)、 実業界を引退するまでに五百余の会社設立に関与したといわれていますが、本区に関係するものでは、浅野セメント株式会社・東京人造肥料会社・汽車製造会社・旭焼陶器組合与どがあげられます。  江東区教育委員会


2772-3.jpg 2772-4.jpg


そしてその橋の反対側に、佐久間象山砲術塾跡の史跡があります。

江東区登録史跡 佐久間象山砲術塾跡 永代一・一四付近
 この地は、佐久間象山が西洋砲術塾を開いた信濃国(長野県)松代藩下屋敷があった場所です。象山は松代藩士で、幕末の兵学者・思想家として著名です。文化8年(1811)松代城下で生まれ、名は啓、通称は修理、雅号は「ぞうざん」と称したともいわれています。天保4年(1833)江戸へ出て佐藤一斎に朱子学を学び、天保13年(1842)、藩主真田幸貫より海外事情の調査を命じられました。おりしも、イギリス・清国間で勃発したアヘン戦争(1840~1842)に衝撃を受け、おもに海防問題に取組み、9月には江川太郎左衛門(英龍・坦庵)に入門して西洋砲術を学びました。
 嘉永3年(1850)7月、深川小松町(永代1)の下屋敷で諸藩の藩士らに西洋砲術を教え、このころ、勝海舟も入門しました。嘉永3年(1850)12月、いったん松代へ帰藩しますが、翌嘉永4年(1851)再び江戸へ出て、木挽町(中央区)に砲術塾を開きました。門下には、吉田松陰・阪本龍馬・加藤弘之など多彩な人物がいました。
 安政元年(1854)、ペリー来航に際し、吉田松陰が起こした密航未遂事件に連座して松代に幽閉されました。元治元年(1864)に赦され、幕府に招かれて京都に上りましたが、7月11日、尊王攘夷派浪士に暗殺され、54歳の生涯を閉じました。
 平成二一年三月  江東区教育委員会


2772-6.jpg 2772-5.jpg

その先を歩いて、永代橋の手前で右に曲がって少し歩くと赤穂浪士休息の地があります。

赤穂浪士休息の地
赤穂四十七士の一人大高源吾子葉は俳人としても有名でありますがちくま味噌初代竹口作兵衛木浄とは其角の門下として俳界の友でありました元禄十五年十二月十四日討入本懐を遂げた義士達が永代橋へ差し掛るやあたかも當所乳熊屋味噌店の上棟の日に當り作兵衛は一同を店に招き入れ甘酒粥を振る舞い勞を犒らつたのであります大高源吾は棟木に由来を認め又看板を書き残し泉岳寺へ引き上げて行ったのであります
 昭和三十八年二月
 ちくま味噌十六代 竹口作兵衛識


2772-7.jpg

コスガビルがあります。
このコスガビルは深川區佐賀町(現在の江東区佐賀)に明治10年創業の穀物商の会社社屋として大正15年に建築されたもの。
現在はギャラリーとなっております。
2772-8.jpg 2772-9.jpg
2772-0.jpg
関連記事

tag : 文化財

コメント

Secret

月別・カテゴリー別はこちら

ご来場者数
スポンサードリンク
リンク
キーワードでお探しします
お手紙、待ってます(はぁと)!

名前:
メール:
件名:
本文:



この人とブロともになる

QRコード
人気ブログランキングへ
明日天気にな~れ!

-天気予報コム- -FC2-
今夜の月はどんな月?
CURRENT MOON
RSSリンクの表示