国立公文書館 企画展「翔べ 日本の翼-航空発達史-」  (1)臨時軍用気球研究会

もうすっかりおなじみになってしまった国立公文書館。
平成29年度第1回の企画展は「翔べ 日本の翼-航空発達史-」
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明治から戦後に至る、 航空に関する制度や人物を民間航空を中心に紹介しています。
明治時代末に日本に飛行機が導入され、大正時代から昭和戦前期にかけ、飛行機の進歩に伴い、日本国内では各種制度の整備に加え、民問航空輸送の開始や飛行場の 整備など、様々な動きが現れました。
敗戦後、占領軍によって航空機の研究開発、生産、運行 などが禁止されたものの、講和、独立を経て、禁止が解除されると、民間航空の再開や戦後初の国産旅客機であるYS-11の開発…と、日本の航空は復興の道を歩みます。
さて、どんな公文書が見られるでしょうか…

第一部 飛行機の導入

気球の製作
1783 年、フランスのモンゴルフィエ兄弟が製作した熱気球が、初めて有人飛行に成功しました。その後、欧米を中心に気球の研究が進み、人類が空を飛ぶことは夢物語ではなくな りました。日本人が製作した気球が初めて空を飛んだのは 明治10 年(1877)といわれています。当時、西南戦争で西郷隆盛率いる私学校党に包囲された熊本城と連絡を取るため 、政府では様々な方法が検討されました。そのひとつが気球を用いた連絡でした。
 陸軍の依頼を受けた海軍は、海軍兵学校職員の麻生弼吉(すけきち)(1835~1907、後に武平たけへいと改名)らを中 心に気球を製作し、明治10 年5 月23 日、試験に成功しました。
 展示資料は、当時、海軍省が作成した「海軍省報告書」です。当時の海軍の様々な活動の記録の中に、気球の試験に関する記述がみられます。


海軍省報告書第一 記01451100 (表紙を展示)
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海軍省報告書 記01452100 (30/33を展示)
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東京名所図絵 築地海軍省風船ヲ試る(国立国会図書館)


二宮忠八叙勲の件
二宮忠八(1866- 1936)は、日本人で初めて飛行機を考案したとされる人物です。 陸軍に動務していた二宮は,明治22年(1889)に鳥の飛行に着想を得て「飛行器」を考案、同24 年4 月29日に「烏型飛行器」の試験飛行に成功します。同 27年に人が乗れる機体を構想しますが、当時、高級品だったエンジンの人手のため、二宮は上司に上申書を提出、軍の援助を求めましたが、受け入れられませんてした。同36年、 ライト兄弟が有人動力飛行に成功したことを知り、二宮は「飛行器」製作を断念しました,その後. 大正時代に人り、二宮の功績は再計価されます。
 展示資料は、昭和2年(1927)、二宮の功績に対して、勲六等瑞宝章が授与きれた際の文書です。


二宮忠八叙勲の件 勲00657100
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二宮忠八が試作した「飛行器」 二宮忠八飛行館提供
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臨時軍用気球研究会官制
明治42 年(1909)、陸海軍の要請により、臨時軍用気球研 究会が設置されました。設置の目的は、当時、欧米で進んで いた気球や飛行機に関する研究に着手することにありました 展示資料は臨時軍用気球研究会の設置が決定された際の 文書です。その後、同研究会は、明治43年にた各末繰兵場 で日本人初の動力飛行を成功させ、翌年に完成した所沢飛 行場を拠点に、草創期の日本の航空をリードしました。


臨時軍用気球研究会官制 類01072100 (1-2/8を展示)


臨時軍用気球研究会委員の任命
展示資料は、明治42年(1909)に臨時軍用気球研究会の委員が任命された際の文書です。委員長は陸軍軍人の長岡外史(1858~1933)でしたが、物理学者の田中館愛橘(1856-1952)をはじめ、日本初の国産飛行機を製作した奈良原三次(1877- 1944)など、幅広い分野の人々が委員に任命されました。


臨時軍用気球研究会委員の任命 任B00549100(1-3/5を展示)


故陸軍中将長岡外史勲章加授の件
 臨時軍用気球研究会委員長を務めた長岡外史は、安政 5年(1858)、周防国(現在の山口県)に生まれ、陸軍軍人として活躍しました。明治27年(1894)、二宮が上申書を出した際には、実現の見込みが低いことを理由に却下した人物の一人でした。後に飛行機の導入が進み、二宮が再評価されると、自身の不明を詫びる手紙を二宮に送っています。長岡は新技術の導入には積極的な考えを持っており、飛行機をはじめ、スキーなど、様々な新技術の導入、普及を行いました。
 展示資料は、昭和8年(1933)、長岡の死に際して、旭日大綬章が授与された際の文書です。


故陸軍中将長岡外史勲章加授の件 勲00724100
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長岡外史(中央白服の人物)(※リンク先一番最後の写真) 一般財団法人日本航空協会所蔵 


田中館愛橘文化勲章授与の件
 田中館愛橘は、安政3年(1856)、陸奥国二戸郡(現在の岩手県二戸市)に生まれ当時の日本を代表する物理学者でした。明治42年(1909)、東京上野の不忍池ででの相原四郎による飛行実験にも物理学の研究者とLて参加しました。東京帝国大学教授をつとめ、草創期の日本の航空を支えました。
 展示資料は、昭和19年(1944).田中館が文化勲章を受章した際の文書で、田中館の航空に関する分野の功績について触れています。



田中館愛橘文化勲章授与の件 勲00999100(データベースに該当なし)
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田中館愛橘
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臨時軍用気球研究会委員日野熊蔵外一名欧洲ヘ派遣
明治43年(1910)、臨時軍用気球研究会は日野熊蔵陸軍大尉、徳川好I敏陸軍大尉をドイツ、フランスへ派遣しました。派遣の目的は飛行機の購入と操縦技術の習得でした。帰国した二人は、同年12月19日、代々木練兵場で日本人初の動力飛行を行いました。日野大尉はドイツて購人したハン ス・グラーデ単葉機、徳川大尉はフランスで購入したアンリ・ファルマン複葉機を使用しました。



代々木練兵場での飛行試験の様子などを写した写真。
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臨時軍用気球研究会委員日野熊蔵外一名欧洲ヘ被差遣の件 任B00568100(5/5を展示)

徳川好I敏陸軍大尉
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