目黒・大円寺 本堂

目黒区教育委員会のパネルによると…47

大円寺(天台宗)
 この寺は「松林山大円寺」といいます。寛永のはじめ、湯殿山の大海法印が寺の前の坂(行人坂)を切りひらき、大日金輪を祀って祈願(いのり)の道場を開いたのがその始まりと伝えられています。
 本寺には、”生身の釈迦如来”と言われている木造「清涼寺式釈迦如来立像」(国指定文化財)、木造「十一面観音立像」(区指定文化財)、徳川家の繁栄と江戸発展守護のための「三面大黒天像」(山手七福神の一つ)などが安置されています。
 明和9年2月(1772)、本堂から出火、江戸六百余町を焼き、多くの死者を出しましたが、その供養のために造られた「釈迦三尊・十六大弟子、五百羅漢の像等の「大円寺石仏群」(都指定文化財)が建てられています。また阿弥陀堂には「木造阿弥陀三尊像」(区指定文化財)や八百やお七の火事にまつわる西運の上人の木造、お七地蔵などが祀られています。
 境内には「行人坂敷石造道供養碑」(区指定文化財)、「目黒川架橋供養勢至菩薩石像」(区指定文化財)、西運の墓、などがあります。
 江戸の面影を残している行人坂の景観や老樹古木のしげる境内は緑の自然と古い歴史が薫る静かな美しい浄域を守っています。



薬師如来
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目黒川の太鼓橋に使用された石材
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本堂
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庚申塔
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行人坂敷石造道供養碑

この供養碑は、高さ164cm。碑の上部に種子(梵字)キリーク(阿弥陀)サ(観音)サク(勢至)が刻まれています。 下部の碑文によって、この坂を利用する念仏行者たちが悪路に苦しむ人々を救うため、目黒不動尊龍泉寺や浅草観音(浅草寺)に参詣し、通りがかりの人々から報謝を受け、これを資金として行人坂に敷石の道を造り、この成就と往来の安全とを供養祈願したことがわかります。施主は西運で元禄16年(1703)の紀年があり、江戸と目黒の社寺を結ぶ重要な参詣路であった行人坂開発の歴史を知るうえに貴重な歴史資料です(目黒区教育委員会)


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身代わり地蔵尊
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大円寺阿弥陀堂
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