アクティブ・ラーニング狂走曲 第3楽章 力のない正義

カリスマ先生のAL授業の話。(授業の特定を避けるため、フィクションというか、一部わざと設定を変えてあります。というか、何人かのカリスマ先生のAL授業を適当につなげて一つの授業のように設定しています。したがって○○先生、あなたのことを言っているのではありません。)

その先生の授業によって、生徒の成績が向上しました。
受講者のセンター試験の平均点が伸び、その科目の履修者が増え、生徒同士で自発的に学習する場ができました。

そんな魔法のようなALとは、どんな授業なのでしょうか。早速見学しました。

見学した授業は、新しい知識・概念を習得することが狙いの授業でした。問題が書かれたプリントが配布され、班で学び合います。

そうして、班ごとに得意な生徒が苦手な生徒に教えていく…という展開になっていきました。得意な生徒は最初から分かっていたし、できない生徒も教わってわかったと。最後にテストをしたのですが、みなさん満点を含む高得点が続出しました。

一緒にその授業を見た先生が「これは、学力の高い進学校の生徒だからできるんだよな。苦手な生徒は、思考して、活動に参加してるわけではなく、聞き手になってるだけじゃないか?これって本当にアクティブ・ラーニングなのか?」とつぶやいていました。

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まあ、私も正直そう思います。授業でみられたのは相互の教え「合い」ではなく、どうみても得意な人から苦手な人へ一方的に情報が流れていくみたいな感じでした。

苦手な生徒はプリントを教科書として得意な生徒の説明をひたすら聞いている状態でした。進学校の生徒だから、学習内容の中身に対する興味というよりも、点数を取るために理解しようというスタンスのようです。

だからプリントを完成するだけなら、得意な生徒にまかせてやった方が絶対に時間は短くて済みます。得意な生徒と苦手な生徒の両者が共同してやることにより、どちらか片方だけではなしえなかったことが可能になるというような話ではありません。

「教え合い」は、苦手な人にとっては、クラスメートが丁寧に説明してくれるので、教師一人が黒板の前で全員に説明する一斉授業より効果があるのは当然ですが、得意な人の側のメリットが少ないように思えます。ところがそれを指摘すると、たいてい「得意な人も、教えようとするとより深く理解していないといけないので理解がより深まる」みたいな反論が返ってきます。絶対にその影響はないとは言えないけど、得意な子には普通に先生が教えた方がより効果的に学力向上が望めるじゃないかと思うのですが、いかんせん検証してないので、そこからは水掛け論になるだけで先に進めません。

それはさておき、得意な生徒も苦手な生徒も、活動の原動力は自然事象への「関心・意欲・態度」に基づくものでなく、成績・得点への「関心・意欲・態度」のようです。これでアクティブにラーニングしていたといっていいのか、という疑問はよくわかります。

そして、受講者のセンター試験の平均点が伸び、その科目の履修者が増え、生徒同士で自発的に学習する場ができたということですが、

・センター試験の点数が伸びたのは、進学校でもともと平均点が高かったようです。そこからさらに平均点を上げるには、伸びしろの小さい得意な生徒が伸びたからではなく、伸びしろのある勉強が苦手な生徒が伸びたからと考えられます。つまり、できない生徒を優先することで、クラス体の平均点を上げることに成功したわけです。

・でも平均点が上がれば、翌年、その話を聞いた後輩が「この科目は取れる!」と人が集まるのは進学校なら道理ですね。

・マニアックな生徒を数人けしかけて生徒同士で自発的に学習させることもできるでしょう。そういう生徒にとっては教え合いより楽しそうですし。

ということで、
お前のやった事は、全部まるっとお見通しだ!(仲間由紀恵 as TRICKの山田奈緒子調に)(やや古い)

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でも、でもなんですよ。

その先、じゃあどうすればいいの?が私には出せないんですよ。

強気に出たところでその先生に「じゃあ、生徒理解を十分にしている自分のクラスでいいから、自分がいいと思った別のやり方で、少なくともこのクラスくらいの成績を上げられ、かつ、得意な生徒もはもちろん、苦手な生徒も思考して、活動に参加させる授業が展開できるか。」と言われるとぐうの音も出ない。だからその先が踏み込めないんですよ。

それに、教え合いにも先ほどの批判があるように完璧ではないものの、一定の効果があることは間違いありません。むしろ、完璧な授業形態というものは、たぶんこの世に存在しないでしょうから、「教え合い」もメリットやデメリットを踏まえたうえで一つの授業形態として採用することを頭ごなしに否定するのもおかしいでしょう。

ただ、これをALと言っていいのか、現在パブコメ募集中の学習指導要領の改定案っぽく言えば「生徒の主体的・対話的で深い学びの実現」が図れているのか、そこに疑問を持っているだけです。

とはいえ、この授業以上の実績を伴った代案が出せないと、いくらこの授業を批判しても、しょせんは力のない正義みたいなもので説得力を持ちません。だからこそALかどうかはともかく、とにもかくにも実績を伴った授業をしているこの先生がカリスマ先生でいられるわけで。

もちろん、実績を伴った本当のAL授業ができれば、それこそカリスマどころの騒ぎじゃないんですがね。


それとも、「生徒の主体的・対話的で深い学びの実現」は単なる建前、「成績アップ!難関校合格!実績重視!」が本音という構図なんでしょうか。

※個人の感想です。
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教員も、にんげんだもの。
「生きる力」元々は、経済界と税収の問題。金儲けのアイディアが社員からでない。これを教育の問題とした。「お金を生み出すアイディア」を生み出す「打ち出の小槌」のような社員がほしい。税金が得られる会社がほしい。ふと見上げ、電車の日能研を見ると「2017年 栄東中学校入試問題」。つまり、起業家を多数輩出する初等学校の教育が深い学びと称され研究・分析対象になるようになります。もしALで起業家を多数輩出できなければ、ALは教員の自己満足ということでお払い箱。謎はすべて解けた。
散々言っといて実は、AL賛成派なのです。(え~!)文科省と同じ邪な理由です。近い将来、教員がAIに取って代わられる・・・。1人に一台ペッパー君。個別にきめ細かく弱点をAIが分析。大量のペッパー君が究極の先生。すると大量の教員が少数のプログラマーに入れ替わり、教職員年金が破綻。AIではとてもできない難しいものに見せかけてくれるとありがたい。そんな心構えぐらいがいいと思う。
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