国立公文書館 平成28年秋の特別展 時代を超えて輝く女性たち

国立公文書館の平成28年秋の特別展は「時代を超えて輝く女性たち」
明治時代から現代まで、様々な分野で活躍した女性を紹介しています。
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例によって国立公文書館の展示を何回かにわたってきめ細かく紹介しようかと思ったのですが、特別展は2年くらいすると国立公文書館のサイトに詳しく紹介されるようなので、簡単にいきます。



第一部 女子教育の始まり

津田梅子は、明治22年(1889)アメリカに再留学して、プリンマー大学で生物学や教育法などを学び、帰国後の明治33年に女子英学塾を創設しました。その創設に助力し、経営を支えたのが、ともにアメリカに留学した大山(山川)捨松や瓜生(永井)繁子、米国時代の友人アリス・ベーコンやアナハーツホンです。

Japanese Girls and Woman 明治24年 E020069
大山(山川)捨松の米国でのホスト・フアミリーであ ったベーコン家の末娘アリス・ベーコン(Alice・Bacon: 1858-1918)は、明治21年、津田らの求めに応じて来日、 約1年間華族女学校の英語教師を務めました。帰国後 の明治24年、日常生活で見聞した明治時代の女性たちについて出版したのが本書です。本書の冒頭には、捨松への献辞が記されています。 また、ベーコンは明治32年に再び来日し、津田が創 設した女子英学塾で教鞭をとりました。
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ハーツホン・ホール図面 昭和5年 昭47文部01462100
展示資料は、昭和6年、現在の小平市に移転新設された女子英学塾の校舎新築工事般計図です。 現在の津田塾大学で、ハーツホン・ホールと呼ばれている大学本館の1/200の「透視図」 です。
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学習院規則中女子教科ヲ廃シ更ニ華族女学校ヲ設置ノ件 明治18年 公04028100(Page 1を展示) 重要文化財
 華族のための学校として明治10年に設立された学習院は、男女ともに門戸が開かれていまLたが、女子の人数は男子の3分の1にも満たず、明治18年、 華族の女子のための教育機関として学習院から分離するかたちで華族女学校が開校しました。

共立講堂図面 昭和9年 昭47文部02668100
昭和13年に竣工した共立女子専門学校新築設計図のうち、講堂の図面です。構造設計は、後に東京タワーの設計も手がけることとなる内藤多仲(1886-1970)によろゴシック調のデザインで、当時としては大変モダンな意匠でした。
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成瀬仁蔵『女子教育』 明治29年 日本女子大学成瀬記念館所蔵
 成瀬は本格的な女子高等教育機関の設立を目指し、『女子教育』を出版します。著書の中で、成瀬は女子を人として、婦人として、国民として教育するという方針を示し、女性が人として自立することを目的に掲げました。同書に触れたことがきっかけとな って、広岡浅子は成瀬への支援を決断したと言われています。
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東京女子高等師範学校附属高等女学校生徒服装の変遷 お茶の水女子大学所蔵
明治期から昭和初期の東京女子師範学校附属高等女学校の通学服の変遷を描いた掛軸。
日本画家の坂内青嵐(1881-1936)が同校に通う娘(房江)をモデルとして、昭和九年(1934)の東京女子師範学校の開校六〇周年記念式典で展示するために作成しました(作成年不明)掛け軸の全長は2メートル(原画はおよそ70×160cm)。
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第二部 女性の社会進出

瓜生祐次郎養母イワへ藍綬褒章下賜ノ件 明治29年 纂00366100
生涯を通じて社会福祉活動に励んだ瓜生は、明治29年に女性初の藍綬褒章を受章します。展示資料は受章の際の上申書です。瓜生が生涯にわたって続けてきた様々な社会福祉活動か詳細に書かれており、瓜生の功績を「実に操行の至篤なる世の亀鑑」と評しています。
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電話交換手の活躍-二・二六事件と牟田口芳子
明治23年(1890)、日本で電話サービスが始まりました。当時の電話は、電話を掛けた回線と宛先の回線を手動でつなぐ交換台があり、回線をつなぐ交換手は、通話に欠くことのできない存在でした。電話の普及とともに交換手を務める女子性も増えました。ここでは、仕事を通じて二・二六事件に立ち会うことになった電話交換手、牟田口芳子をご紹介します。

牟田口芳子叙勲の件  昭和49年 平6総00717100
資料は牟田口が昭和49年(1974)に勲五等瑞宝章を 受章した際の功績調書てす。展示資料からは昭和11年2月26日早朝、東京で起きた二・二六事件での反乱部隊と牟田口の緊迫したやりとりをうかがうことができます。
 ※占拠してきた将校を相手に「応答しないとランプがつきっぱなしになり火事になる」とか言ってだまくらかし、銃剣に脅かされながら交換台を死守したってすごすぎ。
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第三部 戦後の改革と男女共同参画社会の形成

第1回婦人週間ポスター(昭和24年)  画像提供:女性就業支援全国展開事業
女性が初めて参政権を行使した第22回衆議院議員総選挙の投票日であった昭和21年(1946) 4月10日を記念して、昭和24年に、4月10日に始まる1週間を「婦人週間」とすることが定められました。平成10年(1998)からは実施50周年を期に「女性週間」に改称されました。
   
第27回婦人週間ポスター(昭和50年)
昭和50年は、国際連合が女性の地位向上を目指して設けた国際婦人年。同年の婦人週間のポスターには国際婦人年のシンボルマークが。

第38回婦人週間ポスター(昭和61年)
男女雇用機会均等法施行の年、昭和61年の婦人週間のポスターのキャッチフレーズは「女性の能力や役割についての固定的な考え方を見直そう」

この特別展は、平成28年10月16日までです。
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