浅草寺 2016.9 新奥山

奥山(新奥山)には石碑がたくさんあります。

奥山(新奥山)
 江戸の昔、今の浅草寺本堂の西北一帯は、 俗に「奥山」と呼ばれ、江戸の盛り場として大道芸人や見世物小屋で大いに賑わう、著名な場所であった。
 奥山の名の由来は記録にないが、おそらくその位置が本堂の奥にあることから名付けら れたと思われる。
 明治以後、その賑わいは浅草寺西側の浅草公園六区へと移り、六区は日本一の興行街・ 映画のメッ力として栄えたが、その前身が奥山だったといわれる。
 現在は、この地を「新奥山」として整備し、 諸碑が建立されている。この中には、往時の賑わいを伝える記念碑も建てられてい る。 金龍山浅草寺


ということでみてみましょう。

三匠句碑
ながむとて花にもいたし頸の骨(宗因)
花の雲鐘は上野か浅草か(芭蕉)
ゆく水や何にとどまるのりの味(其角)
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正岡子規句碑「観音で雨に逢いけり花盛」
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力石

力石
力石または「さし石」ともいう。 江戸後期、酒屋・米屋の人足たちの間で酒樽や米俵を曲芸のように持ち上げて、その力を競うことが流行した。この力石は、境内で行われた「力くらべ大会」で競い持ち上げられたものである。
 正面の「力石・熊迦の碑」は、明治七年(1874)、熊次郎という男が持ち上げた百貫(約 375キロ)ほどの力石であり、新門辰五郎らがその記念として建てたもの。 金龍山浅草寺

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戸田茂睡墓
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青蛙神像。岡本綺堂作「青蛙堂鬼談」に登場する三本足のガマで、後ろにも3本目の足があります。
…ってことを帰ってから知りました。見ておくんだった!
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のんきな父さんと永生の壁
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喜劇人の碑
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映画弁士塚
徳川夢声ら無声映画時代の弁士たちの名が刻まれています。
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高橋石斎之碑
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瓜生岩子像
瓜生岩子(1829~1897)は福島県会津に生まれ、そ児童教育や女性・貧民救済などの社会福祉事業の推進に努め、女性初の藍綬褒章を受賞。
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