浅草寺 2016.9 淡島堂 

現在の本堂の西側に位置する淡島堂。戦後には仮本堂としていた旧影向堂を移築して改修したものです。本尊は阿弥陀如来さま。
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大平和塔。
台座の銘は「みたまよ、とこしえに、安らかに、われら守らん、世界の和」。湯川秀樹の直筆!

建設趣意書
思い出つる調べも哀し昭和ニ十年三月九日の夜、 B29百五十機の大空襲により浅草一帯は火の海とな る。地をなめるようにして這う火焔と秒遠三十米をこす烈風にあふられ、親は子を呼び、子は親を求むれど、なすすべもなし。おののき叫び逃げまどい、
悪夢の如き夜が去れば……眼にうつるものは一面の焦土にて、一木一草の生づるもなく、あわれ身を焼かれ路傍に臥す無の犠牲者は一万余柱を数う。
当時その凄惨な状況は一片の新聞だに報道されることなく、敗戦後に生れた子供達は戦争の惨禍を知るよしもない。いたましく悲しい夜もいつしか歴史の一駒として消えて行くであろう。
 よって我々はここに当時を偲び、不幸散華された御霊の安らけく鎮まりまさんことを祈り、ニ度とあやまちを繰返すことなく永遠に世界の平和を守らんことを誓い、浅草観音の浄域にこの碑を建立する。
 以て瞑せられよ。
  昭和三十八年八月十五日
  浅草大平和塔維持会

※辜=[コ、ク/] ①罪、重い罪②処罰する、(罪人や生贄を)切り裂く③「辜負(こふ)」、人の好意や期待などに背く、また無にする
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戦災供養地蔵尊。
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魂針(こんしん)供養之塔
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写経供養塔
信徒が浅草寺に納めた写経の経題と巻数を奉納している。
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石灯籠
この灯寵の下をくぐると子供の虫封じや疱瘡のおまじないとなるといわれる「胎内くぐりの灯寵」として江戸時代から有名。
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天水桶

天水桶
 太平洋戦争が激しくなってきた、昭和十八年 (1943)十一月十八日、浅草寺僧侶らによって夜儀が執り行われ、この天水桶内にご本尊の観音さまをお厨子ごと奉安し、本堂の地中深くに納めたため、ご本尊さまは戦火を逃れたという。
 戦後の昭和二十二年(一九四七)三月七日、ご本尊さまは再び地中より掘り上げられ、その無事が確認された。
 明和七年(一七七〇)造立。
 金龍山浅草寺


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おまけ。淡島堂のエリアではなく、影向堂のところにあるものですが、浅草寺六角堂。東京都指定有形文化財(建造物)。
本尊は日限(ひぎり)地蔵尊。日数を決めて祈るとその願いがかなうとされています。

東京都指定有形文化財(建造物)
浅草寺六角堂 一棟
所在地 台東区浅草ニ丁目三番一号浅草寺
指定 昭和ニ十七年十一月三日

六角堂は浅草寺誌』(文化十年編)に元和四年(1618)の建立とあり、江戸時代初期の建築と考えられ、浅草寺内では最古の遺構である。
木造で単層の六角造り瓦ぶき形式で、建物中央の直径は1.82メートルあり、一面の柱真々は0.91メートルである。
建物の基礎は、六角形上に廻した土台を布石の基礎で支え、その下部に十一段の石積みをした1.5メートル余りの井戸状の穴が掘られている。
六角堂という特異な形式であり 、都内においては遺例の少ない建造物で、貴重な文化財である。
もとは東方21.8メートルの場所に建っていたが、平成六年十月境内整備のためここに移された。


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