浅草寺: 彫刻、旧石灯篭、二尊仏ほか

浅草寺シリーズファイナル。

旧石燈龍(部分)
 近年まで、本堂前に高さ約五メートルもの堂々たる石燈寵が安置されていたのを覚えている方も多い であろう。明治二十五年(一八九二)に石工の酒井亀泉が奉納した燈寵であり、これはその一部である。 江戸時代後期、亀泉の祖父・栄三は酒癖が悪く、 それがもとで失職してしまった。栄三の妻は信心していた浅草寺にお参りし、夫の酒癖の悪さの許しを 願い、子孫代々酒を断つ旨を誓った。この家訓を守 り、やがて一家は石工として大成。亀泉がその報恩にと浅草寺にこの燈寵二基を奉納したのである。
 平成16年(2004)、経年劣化などによる倒壊のおそれがある為、惜しまれながらも撤去され、ここにその一部を記念として納めた


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母子地蔵尊
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阿弥陀如来像
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二尊仏(浅草寺)

 「濡れ仏」の名で世に知られるこの二尊仏は、観音(右)、 勢至(左)二菩薩の金銅坐像で、像の高さは共に二・三六メー トル、蓮台を含めれば四・五四メートルにおよぶ。基壇の組石は、長さ約十ニメートル、幅六・二メートル、高さ一・五メー トルとなっている。 蓮弁台座銘によれば、願主は上野国(群馬県)館林在大 久保村の高瀬善兵衛。かつて奉公した日本橋伊勢町の米問 屋成井家より受けた恩を謝し、観音像は、旧主善三郎の菩 提を弔うため、勢至像はその子次郎助の繁栄を祈るため、 貞享四年(一六八七)八月に造立した。
 江戸時代初期の優秀な鋳造仏の一つで神田鍋町の太田久衛門正儀の作。
 安永六年(一七七七)二月高瀬仙右衛門が施主、千住の高瀬奥右衛門が願主となり、修理したことが観音像銘に追刻されている。 平成十年三月


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地蔵菩薩像(中央)  阿弥陀如来像(左右)

中央にお地蔵さま、左右には阿弥陀さまが奉安されている。中央のお地蔵さまは、我々衆生を苦しみから救ってくださる仏さま 左右に奉安される阿弥陀さまは、西が極楽浄土にあって無量の慈悲 と智慧の光で我々衆生を救済してくださる仏さま この三体の仏さまは、江戸時代より穏やかに我々を見守られている
右 阿弥陀如来像 寛文十一年(一六七二)造立
中央 地蔵菩薩像  享保十一年(一七二六)造立
左 阿弥陀如来像  延宝五年(一六七七)造立


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旧五重塔跡
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鳩ぽっぽの歌碑
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朝倉 文夫  慈雲の泉「雲」
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手押しポンプ。ちゃんと水が出ました。
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