笑わせて笑わせて桂枝雀 : 上田 文世

正直言うと、この人のこと、知らなかった。
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17年前に亡くなったその天才落語家と言われた人物は、英語落語を発案し、テレビドラマで主役まではった。もちろん、落語についても「上方落語の爆笑王」と言われ、その落語のDVDは今も販売されている。youtubeにもその落語は何本もアップされ、見てみると確かに面白い。さらに「笑いは緊張の緩和である」という言説で代表される笑いの理論も構築している。

だがしかし、うつ病により自死-。


真似はしようと思わないし、そもそも自分はそんな高みに達していない。でも少なからず惹かれるのもまた事実。
それでこの本を読んでみた。


さてここに一つの真理がある。

妥協すれば(諦めれば)、幸せになれる

もしかしたら何か大事なことを見落としていて、このスタンスを貫きすぎると長期的に考えたら副作用があるのかもしれないが、短期的にはほぼ真理といえるだろう。

ちょうどこの本の前に読んだ垣谷美雨「ニュータウンは黄昏れて」では、主人公の母娘は、この真理に従い、妥協して(諦めて)幸せになったという例だ。(ここで彼女たちの選択がいいか悪いかは論じない。どうせ主観的な問題だし)

一方、枝雀はこの真理に対し、向上心なのか、強迫観念なのか、それはわからないがとにかく「だが断る」の態度を貫いた。

「心の旅」と言われた小米時代に発症したうつ病、その時の振り返ったときの話がある。

 枝雀は志代子に「あんなしんどい病気にはもうなりたくない」と語り「これからは笑いの仮面をかぶる。そのために、顔のシワを横にして、笑う稽古をする」と話している。後に「緊張と緩和」と題する講演では、この頃を振り返って、こう話している。
 「どうしたら皆さんが楽しくなるか、そのことを考えることが、あまりにきつすぎて私は、高座に上がってない時はほとんど、顔のシワを縦に寄せて、いろいろIこ考えていたわけです。楽しいことを、楽しくない姿勢で考えていたのです。この間違いに気づきまして、もうこれからは、何でもいいからウキウキしていようと、開いた顔でいる時間を多く持とうと、考えたわけです。いわば、笑いの仮面をかぶると言いますか、仮面を何十年もかぶり続ければ、仮面が顔か、顔が仮面かとなります。それ以来ずっと、笑いの仮面をかぶり続けているつもりです」
 「うちに倅がニ人います。この間『どう、お父さんの仮面、だいぶ、身についてきたでしょう』って言うたら、下の方の倅から『うん、かなり良くなりましたね。でも、チラチラ素顔が見えますよ』って言われまして、もう少し、修業しなければならないと、思ったんです」(pp.90-91)


所詮、仮面は仮面。素顔はその後も厳然としてあったのではないか。楽しいことを楽しくない姿勢で考えていたのは、楽しいことが自分には実は楽しくなかったからなのではないか。社畜ならぬ校畜しているザ・感情労働者な私にはそう思えるのです。

 今でも面白く演じているのに、なぜ「もっともっと」なのか。その問いに枝雀はこう答えた。
 「私はいつもおかしくありたいんです。今までのしゃべり□で笑わせてますが、それからさらに一歩前へ出たい。自分の中にある別の自分か『おじさん、もうちょっとや。ポンとはじけるところまで来てますよ』と一年ほど前から言うてくれてるんです。あと少しで抜けられそうな気になってるんです」(p.150)

 「私は落語に一生懸命で夜中にも、ふとこのやり方でどうかと思ったら、起きてネタを繰るんです。繰って、繰って、繰って……、何でこんなにまでせんといかんのかと思って、涙が出てくることかあるのです」
 そう言って枝雀は絶句し、涙まで見せた。舞台でこんなかげりのある、弱気な姿を見るのは初めてであった。
 まもなく、それからの舞台を休演したことを知った。(p.151)


自殺したのではなくて、文字通り死ぬほど努力した人なんだろうなと。高みを目指して。
だから「天才」を「努力なしで高いパフォーマンスを提供できる人」と定義するならば、枝雀を天才と呼んではいけない。
それは決して称賛ではなく、むしろ失礼にあたるから。


Check It Out!
佐高 信の「一人一話」“死ぬのがこわい病”の桂枝雀に寄り添った師匠米朝の達観
BS朝日 - 君は『桂枝雀』を知っているか!? ~伝説の天才落語家の真実
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