神田橋

日本橋川に架かり、大手町一丁目から神田錦町一丁目と内神田一丁目を結び、
2263-1.jpg

首都高速都心環状線の出入口にもなっています。その橋の名は…
2263-2.jpg

神田橋!
2263-3.jpg 2263-4.jpg

解説がありました。

 この橋を神田橋といいます。慶長7年(1602)頃といわれる「別本慶長江戸図」にも橋が描かれ、「芝崎口」と名が記されています。のち、近くに拝領屋敷があった土井大炊頭利勝に因んで、「大炊殿橋」と呼ばれていました。さらに、神田の町へ出入することから、「神田口橋」・「神田橋」と呼称が変わってきました。
 ここには、かつて江戸城の守衛のために築かれた内郭門の一つ神田橋門がありました。橋を渡った大手町側には枡形石垣があり、橋と一体で門を構成していました。
 神田橋門は、寛永6年(1629)に、稲葉丹後守正之によって構築されました。この門を通る道筋は、将軍が菩提寺の一つである上野寛永寺へ参詣する御成道にあたりますので、厳重に警備されていました。鉄砲10挺・弓5張・長柄槍10筋・持筒2挺・持弓1組が常備され、外様大名で7万石以上のもの、あるいは国持大名の分家筋で3万石以上の者が、警備を担当していました。
 江戸時代、白酒で評判だった豊島屋も昭和初期までこの近くにありました。
 現在の橋は、大正14年(1925)11月架設、長さ17.3メートル、幅34メートルです。
 平成18年(2006)9月  千代田区教育委員会



サノキクザクラ(佐野菊桜)が咲いていました。

京都、嵯峨の佐野邸にあった菊咲きのサクラからこの名がある。六高菊桜によく似ているともいわれ、花弁は100~130枚の薄紅色の花が4月下旬に咲く。


2263-5.jpg 2263-6.jpg

街灯もなんかおしゃれです。
2263-7.jpg

日本橋川には、桜の花びらが流れています。
2263-8.jpg

神田橋の隣の神田橋公園にあった豊展観守像。
2263-9.jpg 2263-0.jpg

これも解説をみてみましょう。

 この彫刻は、活気とやすらぎ・教育と文化の町として知られる千代田区に住む人々の豊かさと発展する町を観守する姿を、こがね虫と人間の擬人化により、造形表現をして製作されたものであり「彫刻のある町・千代田区」として潤いと個性のある歴史と文化を重視した新しいまちづくりを願う久保金司氏より、神田の魅力を記録した写真集、神田っ子の昭和史「粋と絆」の浄財をもとに本区に寄贈されたものです。
  平成3年(1991)9月 千代田区

関連記事

コメント

Secret

月別・カテゴリー別はこちら

ご来場者数
スポンサードリンク
リンク
キーワードでお探しします
お手紙、待ってます(はぁと)!

名前:
メール:
件名:
本文:



この人とブロともになる

QRコード
人気ブログランキングへ
明日天気にな~れ!

-天気予報コム- -FC2-
今夜の月はどんな月?
CURRENT MOON
RSSリンクの表示