国立公文書館 企画展「ようこそ 歴史資料の宝庫へII ―未知なる場所への道しるべ―」5

理事功程
 岩倉使節団の理事官たちが提出した報告書は、それぞれ「理事功程」としてまとめられ、当時の欧米の最新の知識を日本に伝えました。
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特命全権大使米欧回覧実記
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[重要文化財]公文録・明治十年・第九十九巻 公02112100
ジョサイア・コンドルは、明治19年(1877)1月に来日し、工部大学校造家学科教師、工部省技術官に就任にしました。
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暁斎画談 199-0028
 絵画に造詣の深かったコンドルは日本画に興味を持ち、絵師の河鍋暁斎に師事しました。後に刊行された暁斎の回想『暁斎画談』では、コンドルと暁斎の交流や、コンドルが描いた絵が紹介されています。
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[重要文化財]公文録・明治十年・第九十八巻 公02110100
 モースは明治10年(1877)9月に大森貝塚の発掘調査を行いました。その結果、多くの遺物が出土しますが、それらは詳細な目録と調査の概要とともに、明治天皇の展覧に供されました。調査の概要には、鉄道の車窓から大森貝塚を発見したことが触れられています。
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叙勲裁可書・明治三十一年・叙勲巻二 勲00038100
モースは明治31年(1898)に勲三等旭日中綬章を受章しました。叙勲の理由として、生物学に関する功績だけでなく、母国アメリカで講演や著書を通じて日本を広く紹介したことが挙げられています。
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大森介墟編 ヨ404-0015B
モースによる大森貝塚発掘調査報告書は、東京大学から明治12年に”Shell mounds Omori"として出版され、同年中に日本語版も『大森介墟編』として出版されました。この報告書は、日本初の発掘報告書であり、大学による学術発表論文となりました。
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[重要文化財]公文録・明治九年・第四十四巻 公01768100
 明治9年(1876)、ドイツ人医師エルヴィン・フォン・ベルツ(1849-1913)は東京医学校(現在の東京大学医学部)教授として招聘されました。
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官吏進退・明治二十五年官吏進退二十六・外人叙勲 任A00289100
 明治25年(1892)、ベルツは勲三等旭日中綬章を受章しました。明治9年以来の東京帝国大学での教育や、研究書の出版など、日本の医学界への貢献が評価されました。ベルツはその後、明治35年まで東京帝国大学で教鞭をとり、宮内省御用掛を務めたのち、明治38年に帰国します。
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