深川図書館

江東区立深川図書館は明治42年9月10日東京市立図書館として設立されました。とはいえ建物自体は改築されて当時のものではありませんが、それでもちょっと特別な感じがします。
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見どころは、階段のところのランプとステンドグラスでしょう。まるで教会みたいです。
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採茶庵跡

本邦セメント工業發祥之地から深川図書館を経由して門前仲町に戻ろうとしたところに、採茶庵(さいとあん)跡が。
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「採茶庵」は、江戸中期の俳人、杉山杉風(さんぷう)の別宅なんですが、松尾芭蕉が「奥の細道」の旅に出る前にしばらくここに住んでいたそうです。
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江東区登録史跡 採茶庵跡 ~奥の細道はここから~
採茶庵は、江戸中期の俳人、杉山杉風の庵室です。杉風は名を市兵衛、または藤左衛門と称したほか、屋号を鯉屋、俳号を採茶庵、五雲亭などとし、隠居したのちは一元と名乗りました。家業は魚問屋で鯉上納の幕府御用もつとめ、小田原町一丁目に住んでいました。松尾芭蕉の門人でもあり蕉門十哲に数えられ、『常盤屋句合』『隅田川紀行』などの著作があります。また、芭蕉を経済的に支援したパトロンとしても知られています。採茶庵があった場所については、杉風の娘婿である随夢の遺言状に「元木場平野町北角」と書かれています。平野町は、海辺橋南詰から万年町二丁目(深川1-8)をはさんだ一画でした。説明板が建っている海辺橋のたもとより140mほど南西に位置します。芭蕉は奥の細道の旅に出る前、住居としていた芭蕉庵を手放し、しばらくは採茶庵で過ごしました。門人たちと別れを惜しんだのち、舟で隅田川をのぼり、千住大橋のたもとから奥州へと旅立っていきました



ところで、この採茶庵の建物ですが、後ろから見てみましょう。
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まさかのハリボテでした。
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おまけ。ちょっとはなれたところに伊能忠敬の住居がありました。
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