「死ぬくらいなら会社辞めれば」ができない理由(ワケ)

だからTwitterに不満を書かない、って前読んだ本に書いてあったじゃん!なのにまたこんなこと書いて…しかも発言がツイッターより長く残るブログなんかに書いて…ということで

注意!
今日のブログは鬱屈した思いがまき散らされているので、そのようなものは読みたくない方、精神的に不安定な方(特に過労によって心が折れそうな、また、すでに折れた方)、逆にリア充な方はお読みにならないことを推奨します。



それでも読まれる方は、この下にある広告のさらに下にある「続きを読む」からどうぞ。

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林雄司 「世界のエリートは大事にしないが普通の人にはそこそこ役立つビジネス書」(後編)

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メソッドその38 努力を禁止する

 本書のテーマでもあるのだが、企画に努力は禁止である。
 努力して何かをなしえるなんてあたりまえだからだ。オルタナティブではない。
 痩せました。こんなに美味しい料理ができます。という記事があってその理由が不断の努力により、だったらまったく読む気がしない。
 学校で努力はいいものとさんざん吹きこまれてきたので、うっかりすると「がんばってできるようになりたいと思います」なんて書いてしまうのだけど(真面目なこと書くのって簡単だと思う)、なるべくずるする方法を考えたほうがキャッチーになる。
(中略)
 ただし、結果として努力になってしまうことはあるのだが、楽しくてやっているので努力という印象はない。


 これは「企画」に限定した話かな。本当は他のことでも努力を禁止したいところだけれど、説得力のある説明が難しいので「企画」で一点突破する作戦でしょうか。ここでいう「企画」は「おもしろいアイデアを出して実現させる」事だと考えています。それには本人の本当の意思に反する、無理やりな、悲壮感あふれる「努力」では「企画」の質を落としてしまいそうです。

 そうすると一つ大きな問題が。「努力」を使わず「企画」するには、別の何かが必要になってきそうです。それは何かというと、おそらくは「好きであること」でないでしょうか。その対極に「努力」があると考えると「努力=好きでないことをいやいややる」、つまり「努力禁止」=「嫌いなことをやるな」=「好きなことをやれ!」と解釈することができます。

 翻って自分の場合、「努力」する仕事が増えてきました。でもこの仕事は、おそらくほとんどの人にとって「努力」が必要で、かつ、誰かがやらないとみんなが困る仕事なので、私が、がんばってできるようになりたいと思います。
と、まじめなことを書いてみました。だって、真面目なこと書くのって簡単だし。




メソッドその56 Twitterに不満を書かない

 だって打ち合わせで会った人を「あの人Twitterやってるのかなー」と思って調べたとき、延々と職場について恨み言が書いてあったら怖いじゃないか。
(中略)
 そういうのは飲み会で話すだけにするか家でノートに書いておいたほうがいい。わざわざインターネットで公開することはない。
 かつての同僚の女性が、見た目はふわふわした服を着てるお嬢様みたいな人なのに、仕事で嫌な目にあわされた人をエクセルにまとめて、「恨みます.xls」というファイルを作っていたが、不満をTwitterに書くのってそれをネットで公開しているようなものである。(pp.168-169)


 やべ、ブログに仕事が多いとか書いちまったよ…というのはおいといて、ここでの注目は「恨みます.xls」というファイル。デスノートという文化がなかった時代の話なのでしょうが、ふわふわした服を着てるお嬢様みたいな人という見た目とのギャップが素敵すぎる。
 とはいえ、人前はもちろん、SNSなどでも愚痴が言えないことで、現代人は精神的な逃げ道をまた一つふさがれているような気がします。そりゃ確かに打ち合わせで会った人を「あの人Twitterやってるのかなー」と思って調べたとき、延々と職場について恨み言が書いてあったら怖いけど。




メソッドその61 批判をしないのは自分のため

 そして自分のためでもある。
 人が作ったものに対しても批判的なことは言わず、楽しむ。おれだったらこうするのになーなどと思っても言わないようにする。つまらなくてもものをゼロから作るのは大変なのだ。
(中略)
 人のものはなんでもおもしろがって、ぬるま湯な雰囲気を作っておくようにしている。
 そのほうが自分もそのぬるま湯を享受できる。ぬるま湯最高。(pp.180-181)


 正直これはあるな。
 辛口の批評を聞くと、以前はたとえ自分に対する批評じゃなくても「じゃあお前やってみろよ!」と心の中で思うことは数知れずありました。でも最近は、その人が代わってやってみることはまずないことと(過去に同じようなことをやってみたことはある場合もあるが、その時どうだったかは今更検証できないし、今回の批判対象と条件が異なっているはず)、私自身が少し大人になったので「無責任に批判を展開することができるのは、責任をとる必要(もしくは能力)のない者の特権だからね~」と好意的に解釈できるようになりました。…うん、ちっとも大人になってませんね。
 立場上、他の先生の授業を見学してコメントすることも多いのですが、その先生が工夫したところや苦労したところを見つけてその点を評価したりねぎらったりして、そのうえで不十分なところがあれば、「あれは大変なんだよね~(難しいんだよね~)やっぱりそうなっちゃうよね~」とか前置きして、「こういう風にしてみたらどうなんだろうね、そうすればこうなるんじゃないかな」と代案とそれによって期待される効果をぬるま湯な雰囲気の中で示すようにしています。
 ぬるま湯最高。なのに、自分の授業が俎上に乗るとき、ぬるま湯のことがあまりなく、冷や水か煮え湯だったりする事が多いのはなぜだろうなぜかしら(泣)。



メソッドその 75 宣伝するときは景気よく

   逆にほんとは混んでいるのに「誰も来ません」という自虐つぽいことを書くと、それが出まわって本当に人気がないと思われるので注意が必要である。洒落がわからないというか、インターネットは素直である。
だったら自分で「唯一無二のウェブサイトーデイリーポータルZ」などと肩書をつけて言ったら、それが広まるかもしれないのでやってみたい。(pp.2078-208)


洒落がわからないというか、インターネットは素直である。-ですよねー。虚構新聞を取り巻く批判などを見るとつくづくそう思いますし、具体的な案件は控えますが自分も「え、それ真に受ける?」と感じる場面もあります。
 相手の顔が見えないのでこちらの本心が伝わりにくいというのは、メールではよく言われることですが、webでも同じことですよね。そうでなくても行間を読む、というのは難しくなっているようで。(ある若手の人に真顔で「改行幅を調整すればよいのですか?」ときかれて絶句したことがあります)
 「ダイヤルゥ~回してぇ~手を止めたぁ~♪」に込められた切ない気持ちを共有しようと思ったら、「今プッシュホンじゃん」のような、豊田真由子議員でなくても「違うだろー!」とブチ切れたいリアクションは覚悟しないといけない今日この頃、だったら「頭がよくてイケメンでお金持ちの私は思うのであった」とかいう文で〆めたいところです。
…が、なんか、恥ずかしくなってきたのはなぜだろ(ry




終わりに

この本を世に出すきっかけを与えてくれて、なんと10ヶ月も原稿を待ってくれた扶
桑社の宮川さんには感謝の言葉もありません。いや、ある。ありがとうございました。
 お詫びのメールテクニックとかそういう内容だったので、「申し訳ありません。できてません」というメールを送るときにまったく心がこもってないように見えてしまったのが心残りである。
(中略)
……。あれ、スペースが余ってしまった。せっかくなので本文書いてから思いだしたいんちきテクニックを追加しておきます。
・ズル休みしたいときは2日前からTwitterに「どうも調子悪い」「風邪かも」「休む訳にはいかない」と伏線ツイートをしておく。
・「お世話になっております」は「お」、「よろしくお願いします。」は「よ」で単語登録しておくとメールの返信が早くなる。急いでメールを書くと変換し忘れて、「明日お待ちしております。よ!」とバンカラなメールになってしまうので注意。
・見たくないメールを受け取った場合は、Use rUnknownというメールを手で書いて返信する。
これらのテクニックを活用して睡眠時間を増やしてください。アディオス! 2014年4月 林雄司(pp.215-216)


 定型句の単語登録は基本ですが、署名に

**様
(組織名)の(苗字)です。
お世話になっております。

よろしくお願いします。

--
氏名(メールアドレス)


等とするテクニックは一般のビジネス書にもあるよね。私も使ってるし。でも、UserUnknownというメールを手で書いて返信するという、その発想はなかったわ!
 そして取り立てや謝罪そしてずる休みやUserUnknownのテクニックは、じゃんけん必勝法と同じで、相手が知っているとその効果が著しく削減されるということも注意しておきたいところです。




と、一通り読んでまとめ。
結局、努力はしてるのね。
 企画に努力を禁止して、面白い企画を出す一方で、不満や楽しくないことを対外的に認めることも否定しています。
 でもこれって、「不満だけどTwitterに書かない」「(楽しくなくても)意地でも楽しいという」と言い続けるってことも、少なくとも私にはある種の「努力」のように思えてなりません。もっとも、これも仕事を得るための一種のセルフブランディングなので、そういうやりかた自体はきっと間違っていないだろうし、否定するつもりもありません。でも、やっぱりこれ、「努力」じゃないかなぁ。

 まあアレだ、『巨人の星』で花形満が言っていたやつ。

 青い水面に 美しく優雅に 浮かぶ白鳥は
 しかし その水中にかくれた足で 絶え間なく 水をかいている けっているっ
 だからこそ
 つねに美しく優雅に浮かんでいられる ぼくは その 白鳥であるためにも 星くん・・・
 きみを打つ!
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 梶原一騎『巨人の星』より


 もっとも実際には白鳥は何もしなくても水に浮く体だし、動くときでさえ足をスイーと優雅に動かすだけで絶え間なく水をかいたりけったりしているわけではないんですがね。

 それはともかくやっぱりよいものを手に入れるにはそれなりの代価があるように、いいものを創るにはそれを努力と感じるか感じないかは別にして、それなりの代価がいるのは間違いなさそうです。そりゃそうだな。
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